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植物の多様な生き方、研究者の画一的(?)な生き方

石田光南/Konan Ishida

University of Cambridge, Department of Biochemistry

植物らしさを生み出す細胞壁

 高校生物の教科書には「動物細胞と植物細胞の違い」として、葉緑体・液胞・細胞壁が植物だけにあると書かれることが多いです。葉緑体・液胞の2つは、光合成の場・不要な物の分解という働きがイメージしやすい一方、細胞壁は日陰者で、「なんだかよく分からない…」と感じる方も少なくないかもしれません。実際に自分が高校生の頃は細胞壁が何に役立っているかを考えたこともなく、ましてや6年以上もその研究に関わることになるとは思っていませんでした。

 しかし、細胞壁は「植物を植物たらしめる重要な構造体」であることは疑いなく、そこには植物の歴史が詰まっています。まず、植物らしさといえば、芽を出した場所から基本的には動かずに、変化する外環境に適応できる点です。植物を食べたいと思うのは私たち動物だけでなく、昆虫や菌類など多種多様な外敵から身を守る必要があります。そこで植物が発達させたのが、複雑な多糖構造からなる「外壁としての細胞壁」です。家を建てるときの木材(細胞壁が密に詰まったもの)を思い浮かべると分かりやすいと思いますが、とても固くて簡単に壊すことはできません。そこで菌類は細胞壁を酵素によって分解するという方法を編み出しました。歴史的に見ればそれは一定の効果を上げましたが、植物は細胞壁という鎧を着ることによって生き残り、生態系の重要な位置を占め続けています。

 また、植物の細胞はとても多様な形を持っています。例えば、植物のトゲの多くは単一の細胞から分化しています。一方で、葉の表皮細胞はパズルのピースのようにグニャグニャと曲がっています。このように、1つの細胞がどんな形になるかを決める上で、細胞壁は重要な働きを担います。細胞分裂によって新しく生まれた細胞は、風船が空気によって膨らむように、水を吸って大きくなります。風船は全体が均等に伸びますが、植物の細胞は細胞壁の厚い・薄いという違いにより、場所によって伸びやすさが変わります。そうすることで様々な形作りが可能になります。

 私はその細胞壁の中でも、「細胞壁がどう作られるのか?」を研究しています。細胞壁の中身の多くは、糖が数百連なった多糖と呼ばれるポリマーで(代表的なものはセルロース)、複数の種類の多糖がくっついたり離れたりすることで、細胞壁の特性を決めています。私はイギリスに来てから、グルコマンナンという多糖を作る酵素について研究しています。どの酵素が役割を担っているのかを遺伝子改変によって調べたり、その酵素が植物の進化段階のどこで獲得されたのかなどを調べています。


植物資源を活かすことは持続可能な社会につながる

 細胞壁の研究を始めたきっかけは、綺麗に言えば縁で、正直に言えば成り行きです。岐阜の田舎で育ち、祖父母が酪農を営んでいたこともあり、小さい頃から生き物への興味は強くありました。中学生までの経験では、生き物に関わる仕事にどんなものがあるのかもよく分からなかったので、進路相談で「獣医になりたいので、農業高校に行きます」と言ったところ、担当の先生に「獣医は大学に行かないとなれないので、進学校に行かないといけないよ」と呆れられながら説明されたのを覚えています。その後、無事に第一志望の高校(SSH(1に指定される理数科)に合格しましたが、動物の解剖とかはきっと苦手だなということに思い至り、迷走が始まりました。紆余曲折を経て、琉球大学の農学部に行くことに決めたのですが、オープンキャンパスにも行かず、とりあえず願書だけ取り寄せて適当に一番上の学科に丸をつけて出願したので、入ってからが大変でした。どういう因果か酪農系の学科に入ったのですが、いざ生物の勉強(本人は分子生物学を大学で学べると思っている)を始めようと思った時に、牛の去勢の実習や畑でウコンを掘る日々が続き、「これは思ってたのと違う!」と感じ、転学科を志願しました。2年の後期に農学部の中でも農芸化学を主とする学科に移してもらい、そこで細胞壁の研究と出逢うことになりました。その学科では糖類の研究室が複数あり、構造決定・生理機能解明・分解酵素の特徴づけなどに取り組まれている方々から話を聞くことができました。次第に興味が湧いてきて、自然にそのうちの1つの研究室に入りました。今思えば、当時はエネルギーが有り余っており、没頭する対象を見つけたかった、それが研究だったというのが本当のところかもしれません。そうして研究を進めるうちに、細胞壁の持つバイオマス資源としての有用性に気付き、持続可能な社会を実現するために、この領域から貢献したいと思えるようになりました。


普遍的に説明がつかない現象の面白さ

 成り行きで始めた研究でしたが、数年経つ頃には一端の使命感も芽生え、「最先端の環境で自分を磨きたい」と思うようになりました。そうしてケンブリッジ大学へ進むことを決め、色々な困難を乗り越えて、博士課程が始まりました。博士課程では研究活動を通して汎用的な能力(論理的思考力・自己管理能力・文章術など)を高めると共に、関連領域に新たな知見をもたらすことが求められます。私が渡英する直前に、受け入れ先のグループでは新しい構造のグルコマンナンが見つかりました。私はその多糖が双子葉植物中に広く存在することを示すデータを取り、論文の著者に加えてもらいました。そして自分のテーマを決めるにあたっては、このグルコマンナンを進化の文脈で調べてみたいと思うようになりました。生物の教科書を読むと、生きる上で必須の仕組みが、さも統一的であるかのように書かれています。例えばセントラルドグマという呼称には「それ以外の仕組みは起こり得ない」くらいの強いニュアンスが込められています。しかし、後の研究で逆転写(2が見つかったように、生物研究における例外は数えきれないほどあります。

 私の研究においては、グルコマンナンの側鎖(多糖から出た腕のようなもの)を合成する遺伝子、マンナンb-ガラクトース転移酵素(MBGT)に焦点を当てました。まずバラ科の代表であるシロイヌナズナからMBGTが見つかりました。酵素はタンパク質からできており、タンパク質を構成するアミノ酸がどのくらい似ているか、という情報を手がかりに類似の機能を持つタンパク質を見つけます。しかし、キク科においてはバラ科のMBGTとよく似たものがなく、最も近い遺伝子を見ても転写があまり活発ではありませんでした。そこで、トマトをキク科の代表として使用し、遺伝子を網羅的に調べたところ、シロイヌナズナのMBGTとはそれほど似ていない遺伝子が候補として浮上しました。その候補遺伝子の活性を調べたところ、意外にもMBGT活性を示し、MBGTが収斂進化により獲得されたことを明らかにしました。ここでもまた、「似た配列のタンパク質は、似た機能を持つ」というある種の原理の例外に直面し、生物の持つ柔軟性や奥深さに大いに驚かされました。

基礎研究と企業活動の中間で専門性を活かす

 さて、こうして研究生活を楽しみ、学位取得も見えてきたところで就職問題に直面しました。残念ながらイギリス・日本の学術界(アカデミア)は非常に待遇が悪く、自分1人の給料で妻子を養っていくのは容易ではないということが分かりました。一方で、産業界(インダストリー)は博士号を持つ専門性の高い人材を厚遇する傾向にあり、インダストリーを視野に入れると様々な可能性があることを知りました。研究自体は非常に好きで、興味が尽きない一方で、飽きっぽい性分のため、研究のタイムスケールの長さ(1つの研究を完成させるのに3年や5年かかることもよくある)には、やや合わなさも感じていました。かといって、企業の営利活動に興味が持てるかというとその自信もありませんでした。そんな折に、とあるベンチャーキャピタル(3の説明会があり、キャピタリストに似た仕事での貢献なら、専門性を活かして社会に貢献できるかもしれないと考えるようになりました。結果としては、近い職種の4社からオファーをいただき、そのうちの一社のM&A deal advisoryというポジションに就くことを決めました。この仕事は企業の合併・買収プロセスにおいて、その取引をすべきかどうかを助言するという仕事です。世界には無数のライフサイエンス企業があり、それらを有機的につなげることで、より効率的な研究開発ができるようになったり、良い製品を低価格で届けられるようになったりします。高い専門性や英語力が求められるほか、高度な財務知識も必要となります。また、日本のように高齢化が進む社会では企業における後継者問題が頻発しています。素晴らしい企業が後継者問題で倒産し、そこで働く方々が職を失うことを防ぐためにも、適切な買い手と結びつけることには大きなやりがいがあると想像します。私の場合には幸運にも、できること・やりたいこと・求められることの3つが上手く重なる仕事を見つけることができましたが、M&A deal advisoryという職業があるということを知ったのも最近で、改めて視野を広く持つことの大切さを実感しています。余談ですが、私の場合では応募を検討していたアカデミア職の給料と、今回インダストリーから受けたオファーには2倍を超える差がありました。科学政策の転換により、少しでも研究者という職業の安定が保障されることを切に祈ります。


出会いに感謝し、挑戦を恐れない

 この文章を書くために自分の歩んできた道を振り返ると、それはもう行き当たりばったりで、どうまとめて良いものか非常に迷いました。私の人生という1つの経験から得られる学びとしては、「すごく先の目標にこだわる必要はなく、局所最適で一番ワクワクする道を選んでも良い」ということでしょうか。ただし、楽な方に流されるのはあまりポジティブな結果に繋がらないと思うので、より試練の多い方、誰も歩んでこなかった方を選択するのが良いのかもしれません。私の場合はそれが唯一無二のキャリアに繋がったので、あまり「こうあるべき」という未来の姿にこだわらず、気楽な気持ちで進んでいけば良いと思います。バラ科とキク科の植物が異なる道筋で同じ酵素を獲得したように、幸せな生き方にはいろんな辿り着き方があるのかもしれません(なんちゃって)。

 私が植物生理若手の会の幹事として活動しているモチベーションも、このあたりにあります。「博士号を取ったら研究室主催者を目指すのが王道」という思い込みに囚われて苦しんでいる人は周囲にも少なくなく、多様なキャリア・多様な生き方を認められるような空気感にしたいです。そのためには、企業で活躍するロールモデルを知ることや、大学の中での研究者以外の仕事(研究補助員やリサーチアドミニストレーター)の魅力を感じてもらう必要があると思っています。それによって、博士課程を自己研鑽のための教育機会の1つと捉えてフラットな気持ちで検討し、日本に専門性の高い人材が増える未来を願っています。


 注釈

  1. SSH: 文部科学省が指定するSuper Science Highschoolの略。 公立の高校ながらサイエンスの研究ができたり、理科は3科目が必修だったりと特色がありました。

  2. 逆転写: 遺伝情報はDNAを鋳型として、mRNAを合成し、最終的にタンパク質に変換されます。DNAが二重螺旋構造をとることを見出したフランシス・クリックは、この原則をセントラルドグマと命名しました。しかし、のちの研究で、あるウイルスはmRNAからDNAを合成することが分かりました。この本来とは反対の流れのことを逆転写と呼びます。

  3. ベンチャーキャピタル: 投資家からお金を集めて、創業期の企業(ベンチャー企業)に対して投資・コンサルティングを行う企業。クライアント企業の成長や、上場時の売却益を得ることなどを目的とする。




著者略歴

2018年琉球大学 農学部卒業、2019年東北大学 生命科学研究科修了。学部生の頃に植物細胞壁の生合成研究と出会い、2023年現在まで研究を続けている。孫正義育英財団をはじめ、いくつかの財団の支援により現所属へ正規留学。Cell Wall Conferenceなどで研究発表賞を受賞。

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