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「 好き」に素直に生きていく!

平田梨佳子/Rikako Hirata

京都大学大学院 農学研究科

植物は動かないのにどうして元気に生きられるのか?

 地に根を張る植物は日差しや雨風に晒されながらも周囲の環境に適応しながら生きていくことができます。動くことのできない植物はどのようにして環境の変化に柔軟に対応することができるのでしょうか?その答えは大きく分けて二つあると考えます。一つは植物自身が遺伝子の働きを上手にコントロールすること、そしてもう一つは植物が身の回りの微生物と良い関係を築くことです。

 私は大阪府立大学に通っていた学生時代に、植物の遺伝子の働きを緻密に調節する小さな因子であるマイクロRNA(注釈1)についての研究に取り組みました。マイクロRNAは非常に小さな分子ですが、植物のあらゆる生命現象をコントロールするのになくてはならないものです。そのため、マイクロRNAを正確に作り出すことは植物にとって非常に重要なのですが、そのメカニズムの詳細には謎が多く残っていました。植物のマイクロRNAは長いRNAの一部からハサミのような働きをするタンパク質によって切り出されることで作られます。私はこの長いRNAとハサミのタンパク質を試験管内で反応させる実験系を用いることで、マイクロRNA生成のメカニズムを詳しく研究しました。その結果、動物とは異なる、植物にユニークなマイクロRNA生成のメカニズムを発見することができました。

 この研究で博士号を取得した後は、企業には就職せず、博士研究員(一般にポスドク(注釈2)と呼ばれます)として京都大学の研究室に移りました。ポスドクという言葉にはなじみがない方も多いかと思いますが、「研究者としてひとり立ちするための修業の身」と言い換えるとわかりやすいかと思います。そこで私は植物が生きていくためのもう一つの仕組みである微生物との関わり合いについての研究を始めました。植物の根や葉にはたくさんの微生物が棲息しています。近年、植物はそのような微生物と協調することで環境に適応したり、生育を促進したりすることが明らかになりつつあります。私は特に知見の少ない葉に棲息する細菌に着目して、植物が彼らとどのように関わり合い、どのような生命機能を発揮しているのかについて研究を行っています。実際に道端に生えている元気な植物の葉の抽出液を培地に撒いてみると多種多様な細菌がいることがわかりました。細菌というと病気を起こすなど怖いイメージを持つ方も多いと思いますが、元気な植物と共に生きる細菌たちが植物のどのような生理機能にどのような仕組みで関わっているのか明らかにしていくことがとても楽しみです。


植物は静物。だけど生物なんだ…。

 私はもともと理科や数学がまるっきり苦手だったので、高校一年生までの進路志望は文系一択でした。しかし、大好きな鳥のことをもっと学びたくなり、進路志望調査の締め切りが目前に迫るころ理系を選択することに決めました。しかし、いつまでたっても鳥が授業に出てこなかったり、「鳥を勉強しても就職に役立ちません」という(悪質な)インターネットの記事を見たりする中で次第に鳥を諦めるようになっていきました。

 植物科学との出会いはそんなある日の生物の授業でした。植物の葉の切れ端を培地に置くと完全な植物が再生するという「分化全能性」についての授業です。私は衝撃を覚えました。綺麗だな~としか思っていなかった植物が鳥や人間と同じように、あるいはもっと複雑な代謝経路や分化発生ネットワークを動かしながら生きている。そういったことを実感したのをきっかけに、「動かない植物はなぜ生きていくことができるのか」という問いに関心を抱くようになりました。

 大学は植物に関する専攻がある大阪府立大学に進学しました。植物の細胞の中にあるDNAやタンパク質について学ぶ講義から圃場での栽培の実習まで幅広く植物について学び、とても楽しい日々を送りました。マイクロRNAを知ったのも大学の講義です。マイクロRNAは「動かない植物はなぜ生きていくことができるのか」という問いの答えであると感じ、その講義を担当してくださった先生の研究室に所属することに決めました。

 植物と微生物の研究に舵を切ろうと考えたのは、京都大学で植物と微生物の相互作用に関する研究に従事する研究者を募集していることを知ったのがきっかけです。植物が生きていくために微生物と良い関係を築いているという発想は、「動かない植物はなぜ生きていくことができるのか」という問いのもう一つの答えであると感じました。就職活動と同じように、研究室を見学させていただき、履歴書の審査と面接を経て研究員として働くことが決まり、現在に至ります。


仲間たちに支えられながら、たった一人で世界初の瞬間に立ち会う

 ここまで私は常にウキウキしながら楽しく研究に取り組んできたかのような口ぶりでお話をしてきましたが、実際には楽しいだけの日々では決してありませんでした。

 大学を四年で卒業した後は理系でも企業などに就職する人がある程度います。大学院に進学した後は二年間の修士課程を終えるとほとんどの人が就職して大学を去ります。つまり博士課程に進学して研究を続ける学生はほんの一握りです。周りの友達はお給料をもらって旅行に出かけたり、結婚したり、家庭を持ったりする中、私は研究室の一角で研究に没頭する日々を繰り返します。大好きな研究ができるのだから友達を羨ましく思ったことは一度もありませんでした。しかし、得も言われぬ孤独感を抱くことは時々ありました。そんなときにいつも支えてくれたのは同じように研究に熱中する仲間たちでした。研究成果を発表する場である学会で会ったり、休日にご飯を食べたりしながらお互いの苦労話や面白い成果について語り合うことは私にとって一番の励みになりました。研究に行き詰ったとき、彼らはまるで自分の研究であるかのように一緒に考えてくれましたし、進路に悩んだときはいつも背中を押してくれました。私にとって研究を通して最も嬉しく感じることは志を同じくする仲間に出会えたことだと確信します。植物生理若手の会の幹事として立候補した動機もこの点にあります。私が学生時代に学会や若手の会でたくさんの仲間と出会えたように、孤独に研究に打ち込む学生さんが一人でも多く仲間を作る機会を提供したい。そんな思いでこれから楽しいイベントを主催していきたいと考えています。

 研究というものは失敗や思い通りにならないことの連続です。新しい発見に至るまでには長い時間と試行錯誤の繰り返しが当たり前です。心が折れそうになったり、実験でクタクタになったりしながらやっとの思いで仮説が証明される。あるいは思いもよらない発見に至る。その瞬間の喜びは何にも代えることができないですし、研究以外の営みでは得られないものだと私は感じます。世界中でたった一人、私だけがこのことを知っている。そんな瞬間に出会えることは研究を行う上での大きな喜びです。好きなこと、知りたいこと、自分だけの仕事がしたい人はぜひ私たちの新しい仲間になって欲しいと思います。


みんながサイエンスを楽しめる研究室を作りたい

 ところが、研究活動は時として様々な要因により妨げられる場合があります。配偶者の勤務地を考慮して研究室を移らなければならないこと、妊娠出産で研究を休まなければならないこと、家族の介護に集中しなければならないことなど、私自身はまだ経験がありませんが、これから直面する可能性のある課題がたくさんあります。また学術研究の仕事はお給料が少ない、任期があり不安定など生活に直結する問題も研究者を悩ませる要素です。そのため、私自身も博士課程に進学する前や、博士研究員になろうと決める前は民間企業に就職しようと考えて就職活動に取り組んだ経験がありました。しかし、就活をする中でやっぱり自分は研究室の仲間に囲まれながら自分の研究に取り組む生活が好きだと確信し、学術研究の道を選びました。お給料をもらいながらの研究活動を始めてから間もないですが、今のところ生活に困ったことはありませんし、休みが取りやすくてマイペースに仕事ができる点では働きやすいと感じます。とはいえ、日本の学術研究を取り巻く待遇や環境は改善の余地を大きく抱えていますし、私自身も今後のライフステージで壁にぶつかる未来が必ず来ると覚悟しています。しかし、それは学術研究に限ったことではありませんし、楽観的な思考ですが、柔軟に乗り越えていけると今は考えています。それよりもネガティブな理由で好きなことややりたい仕事ができないのはとても悔しいことなので、私はこれからも学術研究に携わりたいと考えています。

 また、研究活動が妨げられる要因の一つに、とても悲しいことですが、ハラスメントを受けて研究を続けられなくなるという事例があります。指導教員や研究室の他のメンバーから理不尽に責められたり、無視されたり、あるいはセクシャルハラスメントを受けたりといった事例を私自身、本人や人づてに聞くことがこれまでに何度かありました。研究は本来とても楽しいものであるはずなのに、このような外的な要因により研究室に通うのが苦痛になったり研究への情熱が削がれたりしてしまうことは本当に残念です。私は将来、自分自身が研究室を主宰する立場になれたらメンバーみんながサイエンスを心から楽しめるような研究室を作りたいと考えています。どんな進路を描いている学生さんに対しても、研究をやってみて良かったなと思って卒業してもらえるような指導ができる研究者になることが目標です。そして学生から熟練の研究者まで、たくさんの研究仲間たちと関わりながら「動かない植物はなぜ生きていくことができるのか」という植物科学における本質的な問いの真髄に迫る発見ができる研究者になれるよう、今はしっかりと修業を積みたいです。


迷ったら好きな方へ!

 先ほどもお話しましたが、私は数学や物理が苦手だったにもかかわらず、鳥が好きだという理由だけで理系選択に決めました。大学に入学したころには大学院に進学するつもりはありませんでしたが、大学の科学実験で見えないものを見る楽しさを覚えて大学院に進学しました。大学院修了後は企業に就職しようと思っていましたが、やっぱり研究が好きで、気づいたら植物科学の研究者になっていました。こう書くと自由奔放に進路を決めたような感じがしますが、実際にはその時点ごとに真剣に悩み、たくさんの人に相談をしました。もともと理系が苦手ということもあり、研究の道に進む中で苦労したことや大変だったこともたくさんありました。周りの友達との進路の違いに孤独を覚えることもありました。まだ女性の少ない研究の世界でキャリアを形成するのは大変かもしれないと考えたこともあります。しかし、今のところ研究の道を選んだことに後悔したことは一度もありません。それは最終的に好きな方を選んできたからだと考えています。

 また、私は鳥を諦めましたが、大学で鳥の研究をしていた友達は絶滅が危惧される鳥を救う仕事をしています。反対に、大学で一緒に植物科学を学んだ友達は薬をお医者さんに紹介する仕事や、機械の修理にかけつける仕事、システムエンジニア、食品の安全性を調べる仕事など、植物とは接点のない様々なフィールドで活躍しています。植物科学の研究はとても楽しいですが「鳥の研究をやってみたかったな…」と思うことは今でもあります。就職に役立つ、役立たない、という物差しも大切ですが、好きという気持ちや何となくワクワクするといった心の小さなきらめきに素直になってみるのも素敵だと考えます。

 また、理系が苦手だから、女性だから、将来が不安だから、などネガティブな理由や先入観で好きな方を我慢するもとてももったいないことだと思います。好きな方を選んだ先には同じ道を選んだたくさんの素敵な仲間たちがいて、困ったときには彼ら彼女らがいつも助けてくれるはずです。もちろん、不安の少ない道や得意な仕事ができる道に進むことも一つの正解だと思います。幸せ、成功の価値は人それぞれです。ですが、迷ったら好きな方へ!という考え方もあるということが私の経験から伝えられると嬉しいです。



 注釈

  1. マイクロRNA:生物の遺伝情報はDNAからRNAに転写、RNAからタンパク質に翻訳、という流れで表れます。しかし、RNAの中にはタンパク質に翻訳されない「ノンコーディングRNA」と呼ばれるものもあります。その中でもとても小さいRNAの一種がマイクロRNAです。マイクロRNAは遺伝子の発現を抑える方向に働くことで、遺伝子の働き具合を制御します。

  2. ポスドク:Postdoctoral ResearcherやPostdoctoral fellowの略。博士号を取得した後に任期付きの研究職に就いている研究者のことを指します。


著者略歴

2017年に大阪府立大学 生命環境科学域 応用生命科学類を卒業。2020年より日本学術振興会特別研究員(DC2)。2022年に大阪府立大学大学院生命環境科学研究科にて博士(応用生命科学)の学位を取得。2022年より京都大学大学院 農学研究科特定研究員。研究以外ではライブ参戦と文鳥のお世話が大好きです。

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