
植物生理若手の会
Japan Society for Young Plant Physiologists
植物は微生物と共に生きている
土壌や海洋、大気、真核生物の体内外に至るまで、地球上のありとあらゆる環境には微生物が存在します。土壌に根を張る植物もその例外ではなく、植物組織内外には、多種多様な微生物が互いに影響を及ぼしあいながら棲息する植物微生物叢 『植物マイクロバイオータ』が形成されています。近年の研究から、植物マイクロバイオータが栄養吸収を高めたり、病原菌への抵抗性を高めたりするなど、宿主植物の生物的・非生物的なストレスを緩和する作用を持つことが明らかとなってきました。こうした研究の積み重ねから、これまでは単一の生命体だと思われていた植物を、植物マイクロバイオータと相即不離な一つの生命体『ホロビオント』として捉え、その実態を究明する研究が世界中で盛んに行われています。私もこの植物ホロビオントが、どのように形成され、どのように機能を発揮するのかという疑問を根源的な研究のモチベーションとして日々の研究に取り組んでいます。
博士課程では、植物が生産する多様な特化代謝産物がどのようにホロビオントの形成に関わるのか、そのメカニズムを明らかにすることを目的に研究をしていました。特化代謝産物とは、カフェインやリモネン、モルヒネといった各々の植物種が独自に生産する代謝産物で、捕食者や病原菌の忌避や、強光・乾燥 ストレスの緩和など、植物の生息環境への適応に重要な役割を果たしています。近年、特化代謝産物が根圏に分泌され、マイクロバイオータとの相互作用に寄与することが明らかとなっており、その機能が注目されています。私は、タバコが生産するニコチンやサントパイン (この後に出てくる糖化アミノ酸と同義) と呼ばれる代謝産物に着目し、タバコ根圏に分泌されたこれらの代謝産物を分解、資化する土壌細菌が増加することで、タバコ特有のマイクロバイオータが形成されることを明らかにしてきました。
また、最近は植物マイクロバイオータの機能が発揮されるメカニズムの解明に取り組んでおり、特に、細菌が放出する細胞外小胞 (メンブレンベシクル) の機能に興味があります。メンブレンベシクルはほぼ全ての細菌が生産する20-400 nmくらいの脂質二重膜からなる小胞で、その内外に核酸やタンパク質、化合物などの多様な生体分子が含まれています。細菌はメンブレンベシクルをこうした生体分子の「運び屋」として利用することで、物理的に離れた生物間の相互作用に役立てていると考えられています。私は、このメンブレンベシクルを介した植物-マイクロバイオータ相互作用の実態を明らかにしていきたいと思っています。
バイオセンサーから始まった植物–微生物相互作用の研究
現在の研究テーマを始めたきっかけは大学4年生の時に与えられた卒業論文研究です。
小さい頃は動物が好きで、将来は獣医師になりたいと思っており、植物にはほとんど興味はありませんでした。ただ、大学受験ではいい結果は得られず、とにかく大学に入学することを第一に、東京農工大学工学部の生命工学科に入学しました (高校生の時に生物が好きで、そんな勉強ができそうな大学、という理由は一応ありましたが)。よくわからないまま入学したので、なんで自分がこの勉強をしているのかも見失いつつ大学生活を送り、大学3年生の研究室配属を迎えました。この時も植物はもとより、そもそも研究にあまり興味が湧いておらず、成り行きで所属研究室が決まりました。
その研究室で与えられたのが「糖尿病診断のバイオマーカーであるヘモグロビンA1cの酵素測定法の開発」という医療を目的とした研究テーマで、全く植物と関係がないのですが、これが私が植物学者になるきっかけとなりました。研究室に配属された当時は、相変わらず自分が何をやっているのか理解しないままに先輩の指示に従い実験をこなしていたのですが、実験自体はすごく楽しく、よく手を動かしていました。すると次第に自分の研究テーマに興味が湧き、論文を読む機会も増え、自分が一体なんの研究をしていて、それがどのように社会の役に立つか、少しずつわかるようになっていきました。
詳細は割愛しますが、この研究ではヘモグロビンA1cから生成する糖化アミノ酸と呼ばれる生体分子を微生物由来の分解酵素を使って測定するバイオセンサーの開発を目指しています。この測定に使われる糖化アミノ酸分解酵素は医療利用を目的として土壌微生物からスクリーニングされてきた酵素であるため、なぜ微生物がこのような分解酵素を持っているか、そもそも基質となる糖化アミノ酸が自然界のどこに分布しているかなど、微生物における生理学的な意義についてはよくわかっていませんでした (実際はアグロバクテリウムのオパイン代謝に関わるなど、一部わかっていることもありました)。こんな疑問を抱えていると、修士課程在籍に、タバコが水平伝播によって細菌由来の糖化アミノ酸合成遺伝子を獲得し、根で糖化アミノ酸を合成しているという研究が報告されました。この論文を見た瞬間、「タバコが糖化アミノ酸を根から分泌することで、有用な土壌微生物を誘引しているはずだ!!」というアイディアが湧き、自分のアイディアを確かめるべく博士課程に進学し、「特化代謝産物を介した植物-微生物間相互作用」という現在も続ける研究テーマに辿りつきました。

研究を通じて人生の目標を叶える
私が研究を続けていく中で経験した心に残るエピソードは、昨年ドイツMax Planck植物育種学研究所に留学したことです。私は学部生の頃からいつか海外で生活してみたいと漠然と思っていたのですが、修士過程のときMax Planck研究所に留学されていた方のセミナーを聴く機会があり、そこで研究者として海外にいくことを意識するようになりました。当時、研究の内容はよくわかっていなかったのですが、「どうやらドイツに世界最先端の研究所があるらしい」ということを認知した出来事でした。それ以来、ドイツの歴史や文化などを調べているうちに、ドイツの魅力に惹き込まれ、「いつかMax Planck研究所に留学することで研究者としてドイツに行って生活してみたい」 という気持ちが強くなっていきました。
転機が訪れたのは博士課程の時で、Max Planckで研究する日本人の方が研究室に訪れる機会がありました。これはチャンスだと思い、セミナー後に思い切ってMax Planckに行ってみたい思いを伝えたところ、快く受け入れてもらうことができました。その後、無事に渡航予算も確保することができたのですが、いざ渡航というタイミングで新型コロナウイルスの感染拡大が始まり延期を余儀なくされました。渡航が延期している間に博士号を取得し、新しい環境でポスドクを始めた頃、ようやくコロナも落ち着く兆しが見え始め、2年間の渡航延期の末、昨年ついに念願のMax Planck研究所に留学することができました (この時は渡航の1ヶ月前にウクライナ侵攻が始まり、飛行機の予約を全部取り直しになり最後まで大変でした)。
ようやく辿り着いたドイツでは、素晴らしい毎日を過ごしました。平日はMax Planck研究所の最先端の環境で思う存分実験し、週末には憧れていたドイツ各地に電車で出かけてと、人生で一番アクティブに活動した4ヶ月間でした。また、滞在中には私が博士進学を決めるきっかけとなった、タバコの糖化アミノ酸合成に関する論文を発表されたフランス国立科学研究センターのLéon Otten先生にもお会いすることができたのも印象的な出来事でした。大学生の頃に思い描いていた人生の目標が、研究を通して具体化し、研究者になって実現することできたとても印象深く素晴らしい経験でした。またいつか、もっと長い時間ドイツに行って研究してみたいです。
「与えられる側」から「与える側」へ
こうして自分の送ってきた研究生活を振り返ってみると、研究を通じてたくさんの人と関わったり、いろいろな土地に赴いたりと、多くの経験をしてきたように思います。こうした経験が研究者だからこそ得られたのかはわかりませんが、私にとっては研究と同じくらい大切で、自分の人生を豊かにしてくれていると感じます。私はそんな代え難い機会を多く与えてくれる研究者という職業が好きで、今後も楽しく続けていくことが目標です。
少し話が変わりますが、この4月から北海道大学で助教に着任することになり、これまでとは違う環境で、違った立場から研究をしていくことになりました。教員になるのはもっと先のことだと思っていたので自分がちゃんと学生を指導できるか、その中で自分の研究をしっかりと発展させていくことができるか、多くの不安があります。ただ、今の自分があるのは、これまでに多くの先生からたくさんのことを学び、影響を受けてきたからに他なりません。今後は、自分も与える側に立って一緒に研究する方々に良い影響を与えられる研究者になれるよう、まずは目の前のことにしっかりと取組み、日々成長していきたいです。
ちなみにですが、私は北海道出身で大学生の時に東京に出てから約10年ぶりに生まれ故郷の北海道に帰ることになりました。これも研究者を続けていたからこそ得られた機会なのかと思うと感慨深いのと、生まれ育った地域のために教育を通じて貢献していけたら嬉しいです。
研究のモチベーションは十人十色
私が研究を始めた頃に思い描いていた研究者のイメージは、旺盛な探究心があり、そこに向かってストイックに努力し、いい雑誌に論文を出し、予算を獲得して評価されていくことでした。もちろん、研究自体大好きですし、研究成果が論文になったり、予算がとれることもすごく嬉しいですが、意外と研究者を続けることで得られる経験や人との繋がりに自分がやりがいや楽しさを感じていることに今回の執筆を通じて気が付くことができました。このような貴重な機会を与えてくれた若手の会幹事の石田くんに御礼申し上げるとともに、この記事を読んでいただいた方が自分が何を目指して、何に喜びを感じて研究をしているのか振り返る機会になってくれると嬉しく思います。
最後に、北海道で一緒に植物-微生物相互作用の研究をしてくれる学生さん、ポスドクさん、大募集中です。少しでも私の研究に興味を持っていただけたら、気軽に連絡していただけると嬉しいです。

著者略歴
2019年より日本学術振興会特別研究員 (DC1)。2021年に京都大学 応用生命科学科を修了、博士 (農学) の学位取得。2022年より理研BRC日本学術振興会特別研究員 (PD)。2022年に日本学術振興会 若手研究者海外挑戦プログラム ドイツMax Planck植物育種学研究所に留学。2023年より北海道大学大学院大学院教育推進機構 助教。趣味はバレーボール。最近、ピアノを初めてみたいと思っています。