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文系社会人、理系研究者を志す

伊藤岳洋/Takehiro Ito

東京農工大学大学院 連合農学研究科

代謝という小宇宙を旅する

 What is life? 生命とは何か?は古くから問われてきた問いです。それについて語るにはスペースがとても足りませんし、語れる力量も現状とてもないわけですが、生命の一つの側面に「極めて複雑な化学工場」というものがあります。私たちの体のなかでも、この瞬間にも無数の化学反応がものすごいスピードで起こっています。

 こうした一連の化学反応を「代謝」といいます。代謝は生命を生命たらしめるものの一つです。命を終えた生命はあっという間に朽ちますが、生きている生命は絶え間ない代謝によってこれに逆らっていると言えます。そして、この代謝のすごいところは、無数の化学反応が調和したシステムを形成し、絶えず変化する環境にも絶妙に適応するところです。果てしなく広がる代謝のネットワークはさながら小宇宙で、神秘とロマンが詰まっていると感じます。

 一方で、代謝は極めて身近なものでもあります。ここでは植物の代謝を中心に考えてみましょう。まず、我々は日々食事によって栄養を摂取しますが、それらは植物を含む生物の代謝の結果を享受することに他なりません。また、病気になれば薬を飲みますが、薬の有効成分も植物の代謝物から発見されたものが多くあります。衣服や住宅も、綿や木材という形で植物の代謝の成果を利用しています。外を歩けば、代謝産物によって様々な色をつけた花が、我々の目を楽しませてくれます。そもそも、植物の代謝である光合成がなければ、酸素が足りず人間はとても生きられません。このように、私たちの幸せは植物の代謝に支えられています。

 つまり、代謝は自然の神秘を感じさせるシステムであると同時に、生活に密着した身近な現象でもあります。そこに惹かれ、私は植物の代謝を研究しています。代謝を研究することで、自然の神秘の一端に触れることができると同時に、それを改良できれば衣食住の様々な角度から人の幸せに貢献できると考えています。また、生物の中でも植物の代謝は特に発達しています。というのも、植物は環境中で動けないため、生物的ストレス(病害虫など)・非生物的ストレス(高温、強光、乾燥、塩、重金属など)の脅威に常に曝されています。そこで、これらに対抗できるよう、植物は極めて多様な物質を生産するよう進化してきたのです。一方で、先ほどの花のように、必要な相手にアピールする、そのための代謝も発達しています。

 さて、代謝を研究するといっても、一個人で複雑な代謝システムすべてを解き明かせるはずもありません。実際に私が研究しているのは、植物に含まれる数十万種の化合物の一つ、「グルタチオン」の代謝です。そこで、ここからグルタチオンの魅力を語り倒していきます…といきたいところなのですが、紙面の都合上自重させていただきます。ただ一つ言えることは、グルタチオン代謝という切り口で植物を眺めるだけでも、植物の巧みな生存戦略が伺え、代謝の研究は非常に面白いということです。


遠回りの先で見つけた光

 私がここに至るまでの道は、真っ直ぐではありませんでした。子供の頃の私は、動物は比較的好きでしたが、動かない植物は退屈で、身近な植物といえば狂ったように蜜を吸っていたツツジ(注1)くらいのものでした。そもそも、私は一貫して歴史が好きで、その結果高校では当然のように文系を選択、そのまま大学に入学しました。大学では様々な学問にはまりましたが、最終的には教育哲学(注2)を専攻しました。その後、学問は好きだったものの大学院に進む勇気のなかった私は、植物とは何の接点もないまま卒業し、植物とは何の関係もない企業に就職しました。

 人生が鋭角に折れ曲がったのはここからでした。働き始めてすぐ、あ、これはまずいと思いました。会社で40年働き続けられる未来が、どうしてもイメージできなかったのです。段々と、自分の人生これでいいのか?と思い悩むようになりました。そんなある日のこと、ふらふらした足が自然と向かったのは、近所の図書館でした。そこで懐かしい気持ちとともに専門書を開いてみると、久しぶりに気持ちが昂ぶっていくことに気が付きました。ここまで学問が大好きだったのか、と自分で自分に驚きつつ、私はついでに近くにあったブルーバックスを手に取りました。これが、私にとっての自然科学との出会いでした。

 自然科学の本を読み始めると、私はその論理の美しさに惹き込まれました。哲学も論理を重視しますが、データをもとに白黒つけることはなかなかできない(というよりそういった性質のものを対象とする)ので、データとロジックで進む自然科学の議論にそよ風のような爽やかさを覚えました。そして何より、自然という雄大な存在に、人間の叡智を結集させて挑むロマンに胸が高鳴りました。

 その後紆余曲折を経て、私は本当に理転して大学に再入学することになりました。これはひとえに周囲のサポートのお蔭でした。ただ一方で、入学当時の私は、希望と同時に罪悪感と将来への不安も抱えていました。そのため、学部を出て公務員などの専門職につきたい、と思っていました。

 転機となったのは、生化学の授業でした。自然科学のロジックに魅力されて入学した私は、就職は考えつつも、やはり基礎研究よりの学問にも惹かれていました。それが決定的となったのが、生化学の代謝の講義でした。生命は無数の化学反応で成り立っていて、それらは化学・物理法則に従うんだ―ということを初めて実感として得た私は、その美しさに感動し、代謝の研究をしたいと思うようになりました。

 こうして、私は現在の研究室に興味を持ちました。一方で、基礎研究をするということは、想定していた社会復帰のルートにはありませんでした(実際は基礎研究からでも普通に専門職に進めます)。ここで初めて、腹をくくって研究者を目指す道を真剣に考え始めました。そして、現在の指導教員に相談をして、この道を歩き始めることとなったのです。


すべてを尽くして自然に挑む

 研究者になぜ研究をするのか問えば、その答えは様々でしょう。ただ私の場合、やはりロジックの美しさに感動したところが根底にあるので、論理パズルを解くような楽しさが一つ大きいです。誰も解いたことのない雄大で複雑な生命の論理をデータとロジックで解き明かす、そのスリルが好きです。しかも、基本的にどんな手を使っても良く、自分次第で可能性は無限大です。

 …と書くと綺麗なのですが、実際のところ研究活動のほとんどは地道で泥臭く、目の覚めるようなアイデアもそうそう思い付けず、悶々とする時間が長いというのが正直なところです。しかしふと俯瞰してみると、こうして自然に挑み、あれこれ思い悩みながらも自分の全てをかけて努力する、この営みこそまさに憧れていた科学そのものであり、この生活に深い充実感を覚えたりします。そして、面白い結果が出た瞬間やうまくロジックがはまった瞬間は、何にも代え難い感動を覚えます。また、研究は発表や交流も醍醐味です。プレゼンや論文で自分の発見をどう伝えるか考えることは楽しく、さらにそれが人から興味を持ってもらえれば、発見とはまた一味違った喜びが胸に溢れます。

 一方で、最近では論理パズルとしてだけでなく、植物自体にも面白さを感じるようになりました。研究を始めた当初、私は特別植物に愛着を持っていたわけではなく、代謝を研究しているのがこの研究室だったので結果的に植物になった、というところすらありました。しかし、研究を進めて徐々に視野が広がってくると、動かずとも環境に適応できるよう、植物は様々な仕組みを備えており、その美しさに私は次第に惹かれるようになりました。また、炭素(光合成)に限らず、窒素や硫黄の同化(注3)など、植物は我々にない能力をたくさん有しており、大きく異なる戦略によって生きる植物を、私はある種尊敬するようになりました。さらに、植物の多様性の面白さにも段々と目が向くようになりました。

未来へバトンをつなぐ

 このように研究生活をそこそこ満喫している私ですが、自分の研究に満足しているかといえば、全然そんなことはありません。研究者として、まだまだやりたいことだらけです。

 まず、植物の美しさにもっと触れたいと思っています。例えば、現在はグルタチオンを中心として研究していますが、もっと視野を広げて代謝ネットワーク全体を見据えた研究をしたいと考えています。特に、コンピューター上で代謝の数理モデルを作り、シミュレーションを通じて代謝の全体像を理解する、というのは是非やりたいことの一つです。また、代謝以外にも植物には様々な美しい現象が潜んでいますから、代謝を出発点としつつも、もっといろいろな角度から植物を知りたいという気持ちもあります。さらに、多様性も植物の魅力の一つですから、シロイヌナズナ以外の植物を扱ってみたい気持ちもあります。

 一方、授業では現場に近い農学を学んでいたので、応用への意識も強く持っています。具体的に言えば、植物をうまく制御することで農業生産力を高めたり、機能性作物を開発したり、物質生産を行ったり、ということです。

このように、研究をすればするほど夢は広がっていきます。もちろん夢だけ見ていてもだめなのですが、堅実に研究を行いながらも、アンテナは広く張っていきたいと思っています。

 そして、私にはもう一つ別の夢があります。それは教育です。私は教育哲学を専攻していたように、元々教育に強く思い入れがあります。これは、普通に授業や研究といった教育をしたいというのも大いにありますが、それに限らず多角的に人の力になって、その人の幸せに携わりたいなと思っています。また、自分自身社会に出てから自然科学に興味を持ったので、市民教育や生涯教育にも携わりたいと思っています。

 そうした理由から、私は大学に残り、研究と教育の両方に携わることを目指しています。それによって、私の遠回りだらけの人生を支えてくださった方々と、希望を与えてくれた学問に恩返しをしたいと思っています。そして、皆様のおかげで受け取れたバトンを、次世代に渡せたらいいなと考えています。


悩みながらも自分の足で今を生きる

 私の人生は、気づけばなかなか波乱万丈なことになっていました。ただ、実のところ私はかなり心配性かつリスク回避的な性格で、人生の岐路ではいつでも悩みと不安で押しつぶされそうになっていました。そこで、最後に私のように内向的で心配性な後輩に向けて、エールを送りたいと思います。若造がn = 1の経験で語るのは気後れするのですが、過去の自分にかけたい言葉ということでご容赦いただけたら幸いです。

 まず、自分の足で今を生きようということです。私の場合、他者の評価軸で生きすぎて、自分の価値観を見失っていたことがありました。また、未来のことを不安に思うあまり、今を見失っていたこともありました。これは非常にもったいないですし、精神衛生上もよろしくないです。逆に自分にとって何が面白いか、何が大切かを見失わなければ、どのような形になれ後悔はないのかなと思います。「そうはいってもこれといって好きなことはない」という方もいらっしゃるでしょう。私もそうでした。それでも、自分の心に耳を傾けていれば、いつかは自分にとって大切なものが見つかるのではないかと思います。

 また、自分の足で歩く人生は、失敗も遠回りも、苦悩した時間でさえも、いつかは人生の彩りに変わるのではないかと思います。だから、もし今悩んでいることがあっても希望を捨てないでほしいし、挑戦するか迷っていることがあるのであれば、時には思い切ってみることも悪くないのではないかな、と思います。

 これは、今の自分自身に向けた言葉でもあります。研究者を目指す道はなかなか険しく、心配性の私にとっては不安の連続です。それでも、悩みながらでも自分の足で今を生きたいと思っています。その結果がどうなるにせよ、後悔のないようやり切りたいと思います。そして、私が今ここに立てているのは、間違いなく、恵まれた人と環境のおかげです。私が悩んだとき、いつも支えてくれたのは周りの方でした。だから、この道を歩ききることで、今度は自分が誰かにとっての「恵まれた人」になりたいと考えています。


 注釈

  1. ツツジの一種レンゲツツジには毒がありますし、そうでなくても殺虫・殺菌剤がかかっている場合もありますので、むやみに吸うのはやめましょう。

  2. 一概に言うのは難しいですが、よい教育とは何か?そもそも学力とは何か?などを問う学問です。

  3. 同化の多くはエネルギーを用いて小分子から高分子を合成する反応で、窒素同化(硝酸イオンなど無機態窒素からの有機態窒素の合成)や硫黄同化(硫酸イオンなど無機態硫黄からの有機態硫黄の合成)は人類には行えません。これらの植物の能力は我々が生きるのに不可欠であると同時に、地球規模の養分循環を支えています。


著者略歴

2016年 東京大学教育学部卒業、2021年 東京農工大学農学部卒業。同年、東京農工大学連合農学研究科 博士課程入学。趣味は家庭菜園、読書。

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