第42回 植物生理若手の会
- jsyppmeeting
- 3月21日
- 読了時間: 6分
@植物生理学会(金沢)
担当幹事(50音順):磯田 珠奈子(県立広島大)、伊藤 岳洋(東京農工大)、王愛里(名古屋大)、立花諒(京都大)、中西辰慶(奈良先端大)
2025年3月13日に、金沢大学にて、第42回植物生理若手の会「多様なキャリアに学ぶ、私の生き方」が開催されました。
オンライン・オンサイトの両方で多くの方にご参加いただき、ご講演者の皆様には、四者四様のキャリア形成について興味深いお話をお話いただきました。懇親会も大変盛況で、参加者同士の交流が広がる有意義なひとときとなりました。
ご参加いただいた皆様、ご講演者の方々、そしてご支援をしていただいた協賛企業の方々に改めて御礼申し上げます。
チャンスは一瞬。必ず掴もう!
小川哲史 (京都大学・化学研究所)
これまでのキャリアでは、東大→理研→カリフォルニア大学リバーサイド校→京大と経てきました。研究対象も、「植物の生理機能やコミュニケーションを制御する分子機構の解明」というテーマの中ではあるものの、イネ・寄生植物・シロイヌナズナと変遷させてきました。学生時代はこのようなキャリアを全く想定しておらず、いつかアメリカで研究したいという思いがあったのみです。基本的には、自分の目の前に一瞬現れたチャンスを掴んできた結果として形成されたキャリアです。
振り返れば、私のターニングポイントは些細な事ばかりでした。ランチや飲み会などでの何気ない会話からキャリアの話になった、論文で名前だけ知っていた人がたまたま同席していて会話の機会を得たなど、突然現れた上にその場で行動・決断しなければ消えていたチャンスを活かし、キャリアを形成してきました。学位取得後に理研へ異動したことも、この植物生理若手の会で知り合った方とのつながりから理研時代への恩師の目に留めていただいたことがきっかけです。ただ、何もせずチャンスを享受できたわけではなく、日頃から研究やキャリアについて悩み(何を発見したいのか、どうすれば自身の目標を達成できるのか、私生活とのバランスをどう取るかetc.)、チャンスを掴む準備をしていたからこそ(実績を積む、知識を広げる、チャンスがきたときのシミュレーションをするetc.)、幸運を得られたと確信しています。もちろん、決断後に発覚した問題などに苦労することや、チャンスを掴むために手放したものについて悩むことも多々ありますが、準備のおかげで今のところ致命的な事態にはならずに済んでいます。掴んでいたのはチャンスではなく地獄への片道切符だった、という事態を避けるためにも日頃の準備こそが最重要だと考えています。
今回、自身のキャリアや研究に対する考え方などについてお話しする機会を頂きましたので、体験談を交えてフランクにお話ししようと思います。大学時代の恩師から聞いた言葉に、「飲み会などカジュアルな交流の最中に重要な話が決まることも多い」というものがあります(緊張せず自由なアイディアが湧きやすいからだと個人的には納得しました)。この会でもカジュアルに皆様と交流できれば幸いです。
最後に、私の心に響いた漫画のセリフをご紹介します。
「好機は必ずくるものでございます しかし一度逃したら二度目があるとは限りませぬ」
「網の目」的キャリアのあり方
加藤木ひとみ(東京農工大学連合農学研究科)
「将来何になりたいの?」「あなたは社会で何をしたいの?」 と聞かれて困った経験はあるでしょうか。私は修士のときからそんな悩みに向き合ってきた1人です。私はこれまで取り組んできた研究、仕事、実践活動を楽しみながらも、キャリア選択には大いに苦労し、たくさんの模索を重ねてきたと思います。
ラン科ネジバナの細胞壁成分の計測を行う研究から、電機機器の営業と電機部品の素材開発、科学技術と社会の問題に取り組むサイエンスコミュニケーター、そしてサイエンスコミュニケーションのあり方自体を見つめる哲学の研究に至るまでのきっかけや決断について共有します。
このような分野を跨ぐキャリア選択の方法は、将来の夢や明確な目標に向かって一本道を進むようなやり方ではありません。培った経験をあとから繋ぎ合わせて網の目を作るような、「網の目」的キャリアと言えるでしょう。
本講演で、このようなキャリア選択を一つのケースファイルとしてご紹介します。そして、明確な将来の夢や目標を「掲げずに」進んでいく、「網の目」的キャリアのあり方を皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
植物細胞生物学を学んでいたはずが、
気がついたら渋谷のベンチャー企業に就職していた
浅岡 凜(株式会社アカリク)
博士課程では、植物の膜交通に関する研究をしていました。その後、任期付き研究者として就職をするものの、自分に研究者の道は本当に向いているのか?と自問自答し、結婚などのライフイベントも重なった結果、キャリアチェンジを決意しました。いくつかの仕事を経て、気づいたら渋谷のベンチャー企業に就職していたわけですが、これまでのすべてが今に繋がっていることを実感しながら日々を過ごしています。キャリアチェンジを重ねる中で重要視したのは、自分の軸足をどこに置くかをしっかり定め、適切にセルフプロデュースできるようになることでした。仕事という領域の中だけでなく、人生全体と向き合い、大切にしたいものの優先順位も決めていきました。まだまだ道の途中ですが、一人の博士が自分だけの人生を見つけようと奮闘した事例をご紹介します。
基礎研究は役に立つどころか稼げる
小山内崇(明治大学農学部・株式会社シアノロジー)
基礎研究に従事していると、「この研究は何の役に立つのだろうか?」と不安になることがあります。さらに、若手でポジションが安定していなければ、「このまま続けていいのだろうか?」と不安になります。どのような職業に就いても迷いや不安が消えることはありませんが、身分が不安定なことも多い基礎研究者は、より悩むことが多いと思います。
私は35歳で明治大学のPIになりましたが、それまではポスドクなどの任期付きの身分でした。その後、研究室を運営して基礎研究を続けるとともに、一念発起して2022年6月に株式会社シアノロジーという会社を作りました。自身で代表取締役を務め、バイオベンチャーとしては珍しく、会社は黒字化に成功しています。
この経験から学んだことは、「基礎研究で稼げる」ということです。これは、基礎研究で培ったスキルでも稼げるし、基礎研究の内容そのものでも稼げるということを意味します。「基礎研究で稼ぐなんて、そんな馬鹿な?」と思うかもしれません。本発表ではキャリアパスの紹介とともに、何をして稼いでいるのかについてご紹介できればと思います。


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